環構造復習1:巡回群上の環構造

巡回群 \mathbb{Z}/n\mathbb{Z} に、\mathbb{Z} から誘導された自然な環構造が入ることは、環論を勉強し始めて、最初に学ぶこと。
ここで、アーベル群 A 上の環構造というのは、写像

\mu:A\times A\to A

で、分配則と結合則を満たすものである(加えて単位元 1 の存在を含める場合もある)。

今回は、特に A巡回群であった場合に、上のような \mu がどれだけ存在するのかを調べる。
加法の構造は、A に始めから備わっているものと考えて、本記事では、環とは、組 (A,\mu) のこととする。
\muA 上の積と呼ぶ。
また、A 上のアーベル群の演算は + で書くことにする。

前半で、単位元を仮定しない環構造について調べ、最後に、巡回群上では、単位元を持つ環構造は、ただ一つ(\mathbb{Z} から誘導される自然なもの)しかないことを示す。

環構造の再定義 -分配則再考-

最初に、分配則をおさらいする。
\mu:A\times A\to A が分配則を満たすとは、次の2式

\mu(a+b,c)=\mu(a,c)+\mu(b,c)
\mu(a,b+c)=\mu(a,b)+\mu(a,c)

を満たすことである。
今、A はアーベル群であり、a\in An\in\mathbb{Z} に対して

na = \begin{cases}\overbrace{a+\dots +a}^{n} & \text{if n\ge 1}\\ 0 & \text{if n=0} \\ \overbrace{-a-\dots -a}^{-n} & \text{if n \le -1}\end{cases}

と書くことにすると、上式より、さらに

\mu(na,b) = n\mu(a,b)
\mu(a,nb) = n\mu(a,b)

を満たすこともわかる。

環論を経て、加群の理論に慣れた人なら、上2式を見て、すぐにテンソル積を連想するはず。
すなわち、分配則を満たす積 \mu:A\times A\to A とは、実はアーベル群の準同型

\mu:A\otimes A\to A

に他ならない。
ただし、本記事では、\otimes = \otimes_{\mathbb{Z}} である。
こう思った時、\mu結合則は、次の四角形が可換であるということと同値になる。


diagram 1

以上をまとめると、「環構造」は正確には次のように定義できる。

定義
アーベル群 A 上の環構造とは、アーベル群の準同型 \mu:A\otimes A\to A であって、diagram 1 を可換にするものである。

この定義のもと、以下で具体的に巡回群上の環構造を決定する。

無限巡回群の環構造

\mathbb{Z} と書くと紛らわしいので、環構造を仮定しない、ただの無限巡回群C_{\infty} と書き、\mathbb{Z} には自然な環構造を入れて、環であるとする。
また、C_{\infty} の生成元 a\in C_{\infty} を固定する。

前節の定義から、無限巡回群 C_{\infty} 上の環構造は容易に決定できる。
まず、準同型 C_{\infty}\otimes C_{\infty}\to C_{\infty} はどれだけあるか。
アーベル群の圏における随伴(adjoint) \mathrm{Hom}(X\otimes Y,Z)\simeq\mathrm{Hom}(X,\mathrm{Hom}(Y,Z)) に注意すると、次の同型がわかる。

\mathrm{Hom}(C_{\infty}\otimes C_{\infty},C_{\infty}) \simeq \mathrm{Hom}(C_{\infty},\mathrm{End}(C_{\infty}))\simeq \mathrm{End}(C_{\infty})\simeq\mathbb{Z}

ここで、一番右の同型は \mathrm{End}(C_{\infty}) の合成による自然な環構造についての、環としての同型である。
この同型で、n\in\mathbb{Z} に対応する準同型\mu_n:C_{\infty}\otimes C_{\infty}\to C_{\infty} とすると、\mu_n は次で与えられることは容易に確認できる。

\mu_n(pa\otimes qa) = (npq)a for p,q\in\mathbb{Z}

また、各 n\in\mathbb{Z} に対して、任意の p,q,r\in\mathbb{Z}

\mu_n(pa\otimes\mu_n(qa\otimes ra)) = \mu_n(pa\otimes(nqr)a = (n^2pqr)a
\mu_n(\mu_n(pa\otimes qa)\otimes ra) = \mu_n((npq)a\otimes ra) = (n^2pqr)a

となり、この両者は等しい、すなわち、次の四角形は可換である。


diagram 2

よって、全ての n\in\mathbb{Z} について、\mu_n)C_{\infty} 上の環構造である。

以上から、の議論をまとめることで、次の命題を得る。

命題 1
無限巡回群 C_{\infty} 上の環構造全体は、次の集合と一致する。
\left\{\mu_n\,\mid\,n\in\mathbb{Z}\right\}

さて、環 (C_{\infty},\mu_n) とは何か。
実は次の同型が成立する。

命題 2
次の環の同型がある。
(C_{\infty},\mu_n)\simeq n\mathbb{Z}
ただし、n\mathbb{Z}\mathbb{Z} の部分環である。

(証明)
環同型写像\varphi_n:\mathbb{Z}\ni p\to np\in n\mathbb{Z} で与えられる。
まず、これがアーベル群の準同型であることが直ちにわかり、

\varphi_n(p)\varphi_n(q) = n^2pq = \varphi(\mu_n(p,q) )

なので、積も保つ。
よって、\varphi_n は環準同型だが、明らかに全単射でもあるので、環の同型であることがわかる。

結局、加法が無限巡回群になる環は、環 \mathbb{Z}イデアルが全てであるということがわかった。

有限巡回群の環構造

位数 k の有限巡回群 C_k 上の環構造も、C_{\infty} での議論とほぼ平行に進む。
ただし、平行の議論にするために、少し議論を要する。
まず、C_{\infty} の生成元 a\in C_{\infty} に対し、a\mapsto ka で定義される準同型 C_{\infty}\to C_{\infty}\overset{k}{\to} と書いてしまうことにすると、次の完全列ができる。

0\to C_{\infty}\overset{k}{\to}C_{\infty}\to C_k \to 0

この完全列を用いて、次が証明できる。

補題 3
M はアーベル群であり、各元 m\in M の位数は k の約数であるとする(従って km=0)。
この時、自然な全射 C_{\infty}\to C_k は、次のアーベル群の同型を誘導する:
\mathrm{Hom}(C_k,M)\simeq \mathrm{Hom}(C_{\infty},M)\simeq M

(証明)
右側の同型は明らかなので、左側の同型を示す。
\mathrm{Hom} の左完全性より、次は完全列である:

0\to\mathrm{Hom}(C_k,M)\to\mathrm{Hom}(C_{\infty},M)\overset{k}{\to}\mathrm{Hom}(\mathrm{C_{\infty},M)

ここで、M に関する仮定より、準同型 \mathrm{Hom}(C_{\infty},M)\overset{k}{\to}\mathrm{Hom}(\mathrm{C_{\infty},M)0 である。
このことと上の完全列より、次は完全列:

0\to\mathrm{Hom}(C_k,M)\to\mathrm{Hom}(C_{\infty},M)\to0

これより、求める同型を得る。
(証明終わり)

系 4

  • \mathrm{End}(C_k)\simeq C_k as abelian groups.
  • \mathrm{Hom}(C_k,\mathrm{End}(C_k))\simeq \mathrm{Hom}(C_{\infty},\mathrm{End}(C_k))\simeq\mathrm{End}(C_k)

これがわかれば、後の議論は C_{\infty} の場合と完全に平行に進む。
系 4 より、次の同型が得られる。

\mathrm{Hom}(C_k\otimes C_k,C_k)\simeq \mathrm{End}(C_k)\simeq \mathbb{Z}/k\mathbb{Z}

ここで、右側の同型は環の同型である。
この同型において、n\in\mathbb{Z}/k\mathbb{Z} に対応する \mathrm{Hom}(C_k\otimes C_k,C_k) の元を \tilde\mu_n とおくと、各 \tilde\mu_nC_{\infty} の場合の \mu_n と同様に、結合則を満たすことが確認できる。
従って、次の結果を得る。

命題 5
有限巡回群 C_k の環構造全体は、次の集合と一致する。
\left\{\tilde\mu_n\,\mid\,n\in\mathbb{Z}/k\mathbb{Z}\right\}

単位元を持つ環構造

上で求めたものの中から、単位元を持つ環構造を探す。
まず、位数とは関係の無い議論から入る。
C を一般に a\in C で生成される巡回群とする。
随伴同型によって \mathrm{Hom}(C\otimes C,C)\simeq\mathrm{Hom}(C,\mathrm{End}(C)) であり、この同型をきちんと記述すると、\mu:C\otimes C\to C に対応する \varphi_{\mu}:C\to\mathrm{End}(C) は次のように書ける:

\varphi_{\mu}(x)(y)=\mu(x,y)

さて、これより e\in C単位元であるための条件を求める。
前節までで求めた環構造は、全て可換なものなので、左単位元の条件を求めれば良い。
e\in C が左単位元であるとは、任意の x\in C に対して \mu(e,x)=x であることである。
すなわち、\varphi_{\mu}(e)=\mathrm{id} であり、このような e\in C が存在するためには、\varphi_{\mu} の像が \mathrm{id} を含んでいなければならない。
C巡回群なので、\mathrm{End}(C)\mathrm{id} で生成される巡回群であることに注意すると、C 上の環構造 \mu が左単位元を持つための必要十分条件は、\varphi_{\mu}全射であることである。

C=C_{\infty} の場合

この場合は、\varphi_{\mu}全射になるような \mu\mu=\mu_1,\mu_{-1} のいずれかに限られる。
これらは、C_{\infty} 上では異なる環構造を与えているが、生成元を -a に取り替えることで、環として (C_{\infty},\mu_1)\simeq (C_{\infty},\mu_{-1}) であることはすぐにわかる。
よって、加法群として無限巡回群になるような環は \mathbb{Z} のみである。

C=C_k の場合

この場合は、\varphi_{\mu}全射になるような \mu は、k と互いに素な整数 0\le m < k について \mu=\mu_m である。
これもやはり \mu_1,\mu_mC_k 上の異なる環構造を与えているのだが、無限巡回群の場合と同様に、生成元を ma と取り替えることで、環として (C_k,\mu_1)\simeq (C_k,\mu_m) である。
すなわち、加法群として位数 k巡回群になるような環は \mathbb{Z}/k\mathbb{Z} のみである。