枝分かれした直線メモ

幾何学をやる時に、大抵Hausdorffが仮定されている。
それは、Hausdorff空間が良い性質を多く持っているからで、また、僕達が想像する空間のほとんどは、Hausdorffだから、仮定として強すぎないからだと思う。
多様体の定義にもHausdorffの仮定が入っており、これ(と第2可算公理)のお陰で1の分割ができるし、Riemann計量が取れる。
また特筆すべきこととして、Hausdorff空間では、全てのコンパクト部分集合が閉集合になる。
この性質はよく使いすぎて、うっかり非Hausdorff空間に適用してしまって痛い目に遭うことも度々。

しかし、non-Hausdorff空間だったら何故ダメなのか調べようと思っても、そもそもnon-Hausdorff空間の例を知らなければ、どうしようもない。
2点以上の集合に密着位相を入れると、これは勿論Hausdorffではないが、そんなもん自明すぎて、反例として挙げるだけならばともかく、実験のためには何の役にも立たない。
cofinite-topologyや、密着位相との直積などもnon-Hausdorffの例だが、こちらは式の上以外では扱いにくいので、ちょっとやだ。
そこで、とっても簡単な例とその性質をメモしてみた。

位相がcoherentとかの概念を使うので、次の記事に目を通しておくと良いかも。
こひーれんとトポロジー その1 coherentの定義 - junologyの日記
こひーれんとトポロジー その2 coherentな位相の強弱 - junologyの日記

「枝分かれ」した直線(the branching line)

定義
X=\mathbb{R}_{<0}\times \{0\}\cup \mathbb{R}_{\ge 0}\times \{-1,1\}とし、i_1,i_2:\mathbb{R}\to Xを次で定める。
i_1(x)=\begin{cases}\,(x,0)&\quad(x<0)\\ \,(x,1)&\quad(x\ge 0)\end{cases}\quad,\qquad i_2(x)=\begin{cases}\,(x,0)&\quad(x<0)\\ \,(x,-1)&\quad(x\ge 0)\end{cases}
Xi_1,i_2とcoherentな位相を入れたものを、枝分かれした直線という。

図にすると次のような感じ。

位相の入れ方は文章で書くとわかりにくいけれど、要は、緑と赤の線、および緑と青の線をつないで、それぞれ一つの直線と思いましょう、ということ。

あるいは、圏論の知識があれば、枝分かれした直線とは、次の図式をcocartesian squareにするような、\mathbb{R}同士のfiber sumXのこと。

ただし、上の定義と、このfiber sumとしての定義では、左右が反対になる。

こうして定義したものが、反例になっていることを確かめる。

命題
枝分かれした直線XはHausdorffでない。

(証明)
実際、(0,1),(0,-1)を分離するような、互いに素な開集合の組は存在しない。
U,V\subset Xをそれぞれ(0,1),(0,-1)の開近傍とすると、Xへの位相の定め方から、i_1^{-1}(U),i_2^{-1}(V)はともに\mathbb{R}上開であり、またi_1(0)=(0,1),i_2(0)=(0,-1)なので0を含む。
従って、十分小さな\varepsilon>0をとれば、(-\varepsilon,0]\subset i_1^{-1}(U)\cap i_2^{-1}(V)であるようにでき、この時、
\emptyset\neq(-\varepsilon,0]\times\{0\}\subset i_1\left( i_1^{-1}(U)\right)\cap i_2\left( i_2^{-1}(V)\right)\subset U\cap V
(証明終)

色々な反例の構成に使う

枝分かれした直線は様々な反例に使える。
まずは、多様体の定義にHausdorffが必要な例として。

命題
枝分かれした直線Xについて、入射i_1,i_2:\mathbb{R}\to Xは開埋め込み(embedding)。
特に、Xは局所Euclid。

(証明)
i_1についてのみ示す。
定義から、i_1が単射であることは明らか。
さらに、任意の\mathbb{R}の開集合Wに対して、
i_1^{-1}\left( i_1(W)\right)=W\qquad(∴i_1は単射)
i_2^{-1}\left( i_1(W)\right)=W\cap\mathbb{R}_{<0}
なので、i_1は開写像
よって、i_1は単射連続開写像なので、開埋め込みである。

またこれにより、\left\{i_1(\mathbb{R}),i_2(\mathbb{R})\right)\mathbb{R}と同相な開集合によるXの被覆である。
よって、Xは局所Euclid。
(証明終)

次に以外とやりがちなミス。
A,B\subset Y位相空間の部分集合の時、A,Bが開や閉だったら、A\cup B,A\cap Bも開や閉である。
ではA,Bがコンパクトの時には、A\cup BA\cap Bもコンパクトになるか?
実は、A\cup Bは確かにコンパクトになるが、A\cap Bはコンパクトにならない。
つい開や閉からの勝手な類推でコンパクトとしてしまいそうになる。

命題
Xを枝分かれした直線、i_1,i_2:\mathbb{R}\to Xを入射とする。
i_1([-1,0]),i_2([-1,0])はともにコンパクトだが、それらの共通部分はコンパクトでない。

(証明)
連続写像によるコンパクト集合の像はコンパクトであるという事実より、前半が従う。
一方、
i_1([-1,0])\cap i_2([-1,0])=[-1,0)\times\{0\}\simeq [-1,0)
なので、これはコンパクトでない。
(証明終)
簡単に示せるけれど、YがHausdorffだったら、コンパクト集合A,Bに対して、A\cap Bもコンパクト。
だから、この反例もXがnon-Hausdorffであることが関係している。

最後に、局所同相な全射と被覆写像は違うんだよ、という話。
Lie群の講義で、多様体の間の局所同相な全射と被覆写像を区別していなかった。
しかし、一般の位相空間ではこんなことをしてはいけない。
被覆写像の定義は、値域の各点にある近傍が取れ、その逆像の各連結成分への制限が同相写像であるような全射のことであった。
定義から、被覆写像は局所同相な全射であるが、逆は成立しない。

命題
Xを枝分かれした直線とし、p:X\to\mathbb{R}を自然な射影とする。
pは局所同相な全射であるが、被覆写像ではない。

(証明)
i_1,i_2:\mathbb{R}\to Xを入射とすると、p\circ i_1=p_circ i_2=\rm{identity}
i_1,i_2は開埋め込みだったので、よって、pは局所同相である。

0\in\mathbb{R}の任意の連結な近傍Wを取る。
すると、p^{-1}(W)=i_1(W)\cup i_2(W)は連結である。
ところが、p^{-1}\{0\}=\{(0,1),(0,-1)\}なので、p|_{p^{-1}(W)}同相写像でない。
(証明終)
p:\tilde{Y}\to Yが局所同相全射の時、\tilde{Y}にHausdorffの仮定を入れればpが被覆写像になるかどうかは知らない。
ちょっと考えてみて、ダメだったら調べてみよう。